ゴクミの夫はレーシングドライバーのジャン・アレジ

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フランスのアヴィニョン出身の元レーシングドライバーで、

F1ではフェラーリーのドライバーなどで活躍した。

アグレッシブな走りでコーナリング中、

ヘルメットをコーナーのイン側へ傾け、

ステアリングの握り方も独特で、

円の頂に近い所を握り、

時計の針に例えるなら「11時5分」の位置を握っていた。

(上部が平らになったD型や左右にだけグリップがあるタイプでなく

円形のステアリングを使用していた)

そんな所が特長的でよく「ものまね」をしたものである。

両親はシチリア出身のイタリア人であり、

イタリア語名ではジョヴァンニ・アレージ (Giovanni Alesi) となる。

実家は自動車修理工場で、

アレジは小さい頃から工場の敷地内でシトロエン・2CVやルノー・5を運転して運転を覚えていき、

ときには激しくやり過ぎて横転したこともあったという。

なんとも羨ましい環境である。

この小さい時からの運転が才能を伸ばしたのであろう。

17歳の時カートレースを始め、

1987年にフランスF3選手権のチャンピオンとなる。

なおこの年は、

片山右京など後にF1でライバルとなるドライバーを

抑えてのチャンピオン獲得であった。

1988年に、オレカチームより

国際F3000選手権にステップアップした。

1989年は国際F3000の初年度となる無限ホンダエンジンと

レイナードの組み合わせのマシンで参戦し、

チャンピオンを獲得した。

また全日本F3000選手権にもスポット参戦した。

F1は1989年フランスGPでティレルよりデビューした。

このレースでいきなり4位入賞を果たし、注目を浴びた。

以後もティレルから継続して参戦したが、

国際F3000を優先したため2レースを欠場した。

フランスGP以降、イタリアGP(5位)とスペインGP(4位)で入賞した。

シーズン途中の初参戦での4位入賞だけでなく、

その後も入賞しているのは凄いことである。

その活躍もあり、その翌年の1990年からはF1にフル参戦した。

その年の1990年は中島悟をチームメイトに迎えて一緒に戦っている。

ティレル、フェラーリ、ベネトン、ザウバー、プロスト、ジョーダンへとチームを変え、

13年間と長くF1で活躍している。

その後、ドイツツーリングカー選手権、

アメリカンのインディカーシリーズなども参戦したが、

2012年にレーシングドライバー引退。

プライベートの方は1992年にローレンス夫人と結婚し、

長女シャルロットが生まれるが、後に離婚。

離婚前から日本の女優の後藤久美子と交際しており、

のちに事実婚の形で婚約した。

後藤久美子がアレジの熱心なファンのようで、

日本のファンクラブパーティーで知り合ったことから交際するようになったという。

1995年から現在の妻である後藤久美子と生活を始め、

その後に2男1女の3人の子供に恵まれている(前妻との間に1女あり)。

現在は子供の教育のため、スイスのジュネーブに豪邸を建築し、

家族でスイスに渡り、暮らしている。

実業家としてぶどう園の経営もしており、ワインの生産まで行い、

そこで作られたワインは、高く評価されている。

レーサー時代からの収入などで、現在までに総資産400億円と言われている。

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